実験的というわりには、実験精神、というより、そもそも積極性にかける印象。
それぞれのダンスに力があるのに、セッションという意味では、力不足。端的にいうとコミュニケーション不足、と言える。
全体的に探り過ぎのせいで、失敗を恐れて大成功も逃してしまうという状態でした。ソロの踊りは良いのに、勿体ないなぁという感じです。
しかし、アブストラクト・B-BOY セッションに関しては積極性と、互いの信頼関係が見えて、セッションと言う形を見せる事に成功していましたね。個人的にはアブストラクト・B-BOY セッションというよりは、オフビート・B-BOY セッションという印象で、 一番楽しく見れたセッションでした。それと、カポエイラ・セッションも素晴らしいですね。いつもやっていることをやったんだろうけど、何かしみじみといいなぁと思えました。
フィメールダンサーセッションはそれまでの、セッショングループとは、異なる角度からのアプローチだったこともあり、ちぐはぐに一見みえる3人。だが、3人のダンスインスタレーション、そして、1番エクスペリメンタルに感じたセッションでもあった。だけど残念だったのは、締めくくりである。それは、この後のKNITさんについての最後に書きます。
MCのKNITさんは、情熱と自分自身の楽んでいる感で、会場の雰囲気をとても明るくしていて、いつも通り良かったけど、たまに不必要な言動が気になったのも否めない。
特には、フィメールダンサーセッションの最後で、3人が真ん中に集まっていった時に、自分も参加して行き、喋りながら無理やり終わらせてしまった点だ。エクスベリメンタルなイベントなのなら、どうなるかわからない時間をもう少し楽しませてほしかった。実際、生バンド の演奏は瞬時に三人の空気を読んで、雰囲気を変えて演奏を続けていたのだから、MCが終わらせて言い訳がないんです。あそこから何かが産まれそうだっただけに、今日、1番の残念な瞬間でした。
僕は、即興でパフォーマンスをする時に、普段から充分にコミュニケーションが取れていないメンバーの場合、充分な話し合い、準備が必要だと考えています。踊り自体は、即興で何が出てくるかわからないけれど、それ以外の準備をしっかりとしなければ、あまりにも、創り出される結果が不安定過ぎるからです。要は、どうすれば即興時により良いパフォーマンスが出来る環境を用意しておくかが重要なんです。
そもそも、セッションと言うものに対する価値観や概念が相違している可能性があるのだから、話さなければ分からないのは当然なんですよ。すべてを準備無しでやる事こそに、ダンスセッションの美徳があるのだと主張する人がいたとしたら、それは勝手に遊びでやってほしい。お客さんはお金を払っているのだから。
色々と書きましたが、イベントの雰囲気はHAPPYでとても良く、全てのセッションを楽しんで観れたし、行って良かったと思います。今後も、是非、続けて欲しいイベントである事は間違いありません。今回行けなかった人は、是非、次回があるなら行ってみて欲しい。何かが産まれる時は、大概の場合、不安定で、その半信半疑な状態こそが、何より面白い時期なんだと思います。
何でも予定調和は面白くないんですよ。STEPPER’S NIGHTオススメです。
PUMPKINGのSABUによるブログ(日記)
2012年2月11日土曜日
2012年2月7日火曜日
〈アメイジング・グレイス 〉
名曲『アメイジング・グレイス』の誕生秘話と、この曲に支えられながら奴隷貿易廃止のために活動した政治家ウィルバーフォースの半生を描いた、映画。
現代では奴隷貿易は、一般的な価値観としても許される物ではないものだが、この映画での時代では、当然のように奴隷貿易が行われいた。イギリスでは奴隷貿易法と言う、奴隷貿易を違法とするという法律が議会を通過したのに、当時、活動開始から20年かかっている。今の価値観ではあり得ない奴隷制度を法的に無くすのに、当時のイギリスでは20年かかっているんですよ。しかも、それから200年経った今でも、奴隷として働かされている人が世の中には実際いるという報道も見たことがあります。
その時代の、人々の価値観を変えるのが、どれだけ大変かということを改めて感じさせてくれる映画でした。
今、日本では2011.3.11であれだけ大きな地震と津波を経験し、その後の原発事故で今現在も被害が収まらない状態であっても、原子力発電所を撤廃すると言う道に進んではいない現状があります。先日、見た“ヒミズ”で、これは原作そのままの台詞ですが『一度、人生にケチのついた人達は自分を捨ててでも頑張って変えていくしかないと思う‥‥これはほとんど義務だよ』という、台詞がありました。これを聞いた時に、今の日本、エネルギー問題の事が頭に浮かんだんですよ。
僕には、ウィルバーフォースのように政治の中枢で行動をする事は出来ないかもしれない、でも、皆が自分の長所を生かして、家族から、地域から変えていく。楽しく、元気に変えていくキッカケくらいにはなれると思います。アーティストとしての僕の社会的意義がそこにあると感じています。まだまだ、何も出来ていないし、勉強不足な自分に自己嫌悪しがちですが、仲間達と一歩づつ進み続けたいと思う。
現代では奴隷貿易は、一般的な価値観としても許される物ではないものだが、この映画での時代では、当然のように奴隷貿易が行われいた。イギリスでは奴隷貿易法と言う、奴隷貿易を違法とするという法律が議会を通過したのに、当時、活動開始から20年かかっている。今の価値観ではあり得ない奴隷制度を法的に無くすのに、当時のイギリスでは20年かかっているんですよ。しかも、それから200年経った今でも、奴隷として働かされている人が世の中には実際いるという報道も見たことがあります。
その時代の、人々の価値観を変えるのが、どれだけ大変かということを改めて感じさせてくれる映画でした。
今、日本では2011.3.11であれだけ大きな地震と津波を経験し、その後の原発事故で今現在も被害が収まらない状態であっても、原子力発電所を撤廃すると言う道に進んではいない現状があります。先日、見た“ヒミズ”で、これは原作そのままの台詞ですが『一度、人生にケチのついた人達は自分を捨ててでも頑張って変えていくしかないと思う‥‥これはほとんど義務だよ』という、台詞がありました。これを聞いた時に、今の日本、エネルギー問題の事が頭に浮かんだんですよ。
僕には、ウィルバーフォースのように政治の中枢で行動をする事は出来ないかもしれない、でも、皆が自分の長所を生かして、家族から、地域から変えていく。楽しく、元気に変えていくキッカケくらいにはなれると思います。アーティストとしての僕の社会的意義がそこにあると感じています。まだまだ、何も出来ていないし、勉強不足な自分に自己嫌悪しがちですが、仲間達と一歩づつ進み続けたいと思う。
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